「ま…た、助けてくださるのデスカ…」
 
 
 
【お前がなんと言おうとお前は選ばれたんだ】
 
 
 
 捜索部隊--ファインダーたちが一斉に一点を見つめる。
 幾度となく死を覚悟した者たちの視線の先には、必死でイノセンスを発動させている女性の姿があった。胸にローズクロスを掲げる黒の団服を華奢な体に纏い、今にも壊れてしまいそうな細い肩は体力の限界を示すかのように激しく上下している。
 
「あっれー?オレの攻撃ちっとも効いてねぇじゃん」
 
 LV2のAKUMAが首を傾げる。
 辺りの木を、岩をも粉砕する衝撃波はただの人間をミンチに変化させるはずであった。だがしかし、彼らには一切攻撃は届くはずは無かった。
 
 『時間停止--タイムアウト』
 新米エクソシストであるミランダ・ロットーの特殊技。
 停止化した時間の壁で周囲を護る絶対防御の前にはどんな攻撃も届かない。
 
「なんだー?アレ」
 ただ不思議な、訳のわからない能力としか認識できないAKUMAは能天気にも、戦場にて考えるという作業により攻撃することを中止した。
 
「馬鹿が、テメェにゃ一生分かんねぇよッ!!」
 
『六幻--″二幻刀″』
 
 
 時に護られた領域より飛び出す漆黒の旋風。
 黒のロングコートをひるがえし、二本に分かたれた刀を軽やかに踊らせる。
 黒髪の美少年は、暴言と共に裂帛の気合でAKUMAを斬り裂く。
 
 
 
 
 
「フン」
 
 エクソシスト--神田ユウはAKUMAの消滅を見送り、六幻を収めようとすると…、
「ミランダ殿ォオオオッ!!」
 ファインダーたちの悲痛な叫びが木霊する。
 
「チッ」
 この任務についてから何度となく聞く叫びに、大きな舌打ちを放つ。
 拳を握りしめ、見るものを恐怖へと容易に突き落とす凶顔。
「あんの女ァ〜、何回ブッ倒れりゃ気が済むんだッ!畜生、くたばるならとっととくたばりやがれ!あー、クソ!!めんどくせェッ!俺をあんなひ弱な甘ちゃん女の護衛になんてしやがって……ッ」
 
 戦争だというのに、弱者を護るため限界までイノセンスを発動し、何度も倒れては看護を受けるミランダの姿を思い出し、彼の怒りは更に大きく膨れ上がる。
 
「コムイーーーーーッ!!!!」
 
 この状況を作り出した張本人の名前に呪いを込める。
 
 
「へっくしッ」
 
「室長〜〜、こんなクソ忙しい時に風邪なんて引かないでくださいよぉ?」
 
 エクソシストの総本部--黒の教団内部。
 AKUMAと最前線で戦うエクソシストたちを、己の知力でサポートする科学班。
 不眠不休が日常茶飯事な彼らは、今日もエクソシストとは対極をなして人間として過酷な生活を送る。そんな彼らに休養は許されない。
 
「ん〜、ちょっとムズがゆかっただけ〜。もしかしてリナリーが僕の噂でもしてたのかな〜」
「どっちかってーと、俺は神田の暴言に一票っス」
 
 脳天気に最愛の妹の姿を回想するサポート派の最高権力者コムイ・リー室長に、不精ヒゲを生やし全身で疲労を表現するリーバー・ウェンハイム科学班班長がツッコむ。
 
「あ、俺らも1票ずつ〜」
 徹夜明けで肉体の限界を訴える科学班の者まで会話に参加する。
 
「だよなぁ、絶対神田のヤツ今頃暴言吐いてるよなぁ…」
「室長〜、なんでよりによって新人の実践訓練のパートナーに神田を選んだんですか?」
「今回、ミス・ミランダは訓練とはいえ初めての実践です。パートナーにはもう少し…なぁ」
 
 一同、弱者に厳しい神田の暴言にか細く頼り無気な肩を震わせながら、謝罪を連呼するミランダの姿を想像し溜め息を吐く。
 
 
「神田くんでいいんだよ」
 
 科学班の不振な視線を一身に集めるコムイは、にこやかに視線を受け流す。
「新人とはいえ、ミス・ミランダには即戦力になってもらわなければならない。ほら、神田くんはさ、口は悪いし性格にも難があるけど腕は確かだしね。気弱な彼女に成長してもらうための荒療治ってわけさ」
「しかし、班長〜〜」
「大丈夫。彼女はああ見えてガッツあるんだから」
 
 コーヒー片手にウィンクするコムイがふと、真顔になる。
「それにね、彼には怪我を負わない事の大切さを学んで欲しいしね」
 
「室長…」
 
 
 
 
「ありがとうございます。でも、あまり無茶はしないでくださいね」
 
 調査中の森の最深部。
 先程、AKUMAと交戦した場所からさほど遠く無い、小川のほとり。
 疲労で倒れるミランダをファインダー達が看護する。
 
「は…い、ごめん…なさい」
「不思議な人ですね、貴女が謝る事なんてないのに」
「そんな…、私がもっとしっかりしていれば」
 
ブチッ
 
「テメェエエエ!!何度ブッ倒れりゃ気が済むんだッ!!」
 
 戦場での微笑ましいワンシーンを、一足遅れて戻って来た神田の怒号が木霊する。
 
「ひぃッ!?ごッ、ごめんなさいッ!ごめんなさいッ!!ごめんなさいッ!!!」
 今日も謝罪を連呼するミランダへ、殺気を惜し気も無く振りまく神田が近づく。
「かッ、神田殿ッ!乱暴は…」
「うるせェ、弱い奴はだまってろ」
 神田は台詞を言い終わらない内に、ミランダの襟首を掴み締め上げる。
「ひッ」
 逃げ出す力のない哀れな小動物のように、彼女の体は震え、儚さを纏う憂いを帯びた表情が恐怖一色に染められる。
 任務が始まって以来、幾度となく交わされる一方的な問答。
「テメェ…、何度言わす気だ。弱い奴はくたばる、それが戦争だ!こいつらファインダーはな、サポートしかできねぇ神に選ばれなかったハズレだっつってんだろッ!」
「ひッ…う…、だか…ら、そんな言い方は…ッうう」
 ミランダを締め上げる手に更に力が加算される。
「もう一度だけ言うぞ。お前は、お前が自分の事をなんと言おうと、お前はイノセンス…神に選ばれた使徒なんだよ。俺たちエクソシストは、イノセンスを1つでも多く回収しなきゃなんねェんだ。そうしなきゃこの戦争には勝てねぇって事くらい教わっただろう。目の前の弱者にかまうな。俺達は進まなきゃなんねぇんだ、こんなとこでモタモタしてる暇なんてねェんだぞッ!!」
 
「そ…れでも、それでも私は…」
 力無く、弛緩しきっていた肉体のどこにそんな力が残っていたというのだろう。
 
「目の前の人達を見捨てるなんてできません」
 
 彼女ははっきりと言葉を発した。
 
「見捨てろ」
「嫌です」
 
「………この女」
 
「私は、私は目の前の人を見捨てるなんて出来ません。だから…ごめんなさい」
 
「はぁ?」
 
「ごめんなさい。貴方になんと言われても、私は決して諦める事はできないわ。昔から諦めが悪いの、私。だからきっと、これからも貴方に迷惑をかけてしまうから…。その、ごめんなさい」
 
 水泡のように今にも消えてしまいそうに儚く、花のように容易く手折れてしまえそうな存在が、瞳からボロボロと涙をこぼしながらも必死で抵抗している。
 
(人間ってーのはこういう表情ができるものなのか…)
 
 彼女の表情は慈愛に満ちたなどという生易しい表現など似合わない、危うさと力強さとが絶妙な均衡によってかろうじて存在しているような凄絶な表情であった。
 
「ごめんなさ……ぃッ」
 
 彼女の手から力が抜ける。
 ミランダの身体が弛緩し、力無く吊るされたままになる。
 
「ミッ、ミランダ殿ォオ!!」
 
 今まで静観することしか許されなかったファインダーの叫びに、悪意を込めた神田の視線が突き刺さる。
 
「うるせェッ!気絶させただけだ。んなトコに突っ立ってねぇで、テメェはとっとと片付けやがれ」
「え、あ…しかし」
「俺達は無傷なんだよ。だったら進むってもんだろ」
 
 言い終わると神田は、ミランダをまるで荷物かなにかのように雑多に肩に背負った。
「俺は余計な荷物があるから先に行く」
「あ、はい」
 
 
 
 深い深い森の奥。
 青年は独白ともとれる言葉を紡ぎ出す。
 
 
 
「お前は誰が何と言おうと神に選ばれた存在だ」
 
 
 
 
 
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2007.2.4
ちょッ、ちょっとまってー!書きたいシーンが大幅に脱線。
最初は無線で他愛無い話をしつつ、素で口説くアレンとミランダが
書きたかっただけなんですけど…思いのほか神ミラ?

 

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