(同じ達哉同士なぜ仲良くできないのだろう‥‥)
 
 重苦しい雰囲気の中、夕飯の用意をする周防克哉は憂鬱だった。
 
「はぁ‥‥」
 あのあとお互いの言い争いはたっぷり3時間にも及んだ。
 その間克哉は、傍観することも許されずまるで物のように扱われたのだった。
 お気に入りのおもちゃを奪い合う子供さながらだった。
(まったく‥‥。所有権だのなんだのと、兄を物のように扱うのは止めて欲しいな)
 終局を予想させない大騒ぎ。
 克哉はその場を両者平等に、頭部へのゲンコツで収めた。
 
(まぁ‥、そのうちなんとかなるかな)
 
 ふと、時計に目を向けると午後7時を過ぎていた。
 
(お腹が空いていると余計に怒りっぽくなるからな‥‥)
 
 とりあえず、納得のいかなさそうな表情の弟ふたりを後目にキッチンへと向かう。
 
 
 
 熱したフライパンへ牛脂を一片。
 溶けて煙りが出たところで、軽く塩胡椒した分厚い牛肉を投入。 
 表面が狐色に焼けたらひっくり返し、素早くブランデーをかけてフランベして蓋を
する。
 
 不自然な静けさの中、達哉の好物を焼く音が響く。
 
 ジジジジジ‥‥‥
 
 音が変わったところで出来上がり。
 火が通った生。達哉好みのレアステーキに仕上げる。
 
(食べ物で少しは誤魔化されてくれないだろうか‥‥)
 
 二人の達哉が無気味なほど静かに鎮座するテーブルへメインを運ぶ。
 ふとテーブルを見ると、前菜として出したサラダが空なことに機嫌を良くする。
 肉食な達哉に野菜を食べさせるのは大変だった。
 なにせ普通の生野菜だけのサラダなど手をつけてくれないからだ。
 けれど気合いを入れて作った、オリーブオイル、バルサミコ酢とケッパーで味をつ
けたアボガドとスモークサーモンのサラダは多めに盛り付けておいたのだが綺麗に無
くなっていた。
 
「ほら、今日は上手く焼けたよ」
 綺麗な笑顔で給仕する。
「今日は、じゃなくて今日もだろ。兄さんの料理は美味しいから‥甘いのと野菜のみ
のサラダ以外」
「甘い物って‥‥まあいい、それよりもちゃんと野菜も食べなさい」
「いらない。兄さんの料理は好きだけど、サラダは料理じゃ無い。ただちぎってある
だけじゃん」
「ちぎるだけって‥‥こらこら」
 克哉の頬が緩む。
「久しぶりだな‥そんな風に会話するのは‥‥」
 『こちら側』の達哉との何気ない会話にジンとくる。
(うんうん、可愛い達哉だ。このまま和やかに‥‥‥‥‥)
 
「いただきまーす」
 
 食べはじめる弟二人。
 勢い良く食べる二人の姿はまるで‥‥肉食獣が『何か』に備えて栄養を貯えるかの
ような凄まじい食べっぷり。自分の料理を頬張る達哉は好きなのだが、なんだか今日
はその食べ方に不安を覚えてしまうのは何故だろう?そう自問してしまった克哉は、
料理に専念するためキッチンへと逃げるように戻った。
 
 
 
 
「初日‥だしな‥‥。同じ達哉だ。きっと仲良くなるさ」
 
 夕食の後片付けを終わらせ、湯舟に浸かりながら、そう誰にともなくつぶやく克哉。
 しかし、面白いくらいに二人は違うな‥と思った。
 同時間軸に平行する別世界――。そんなものが存在するなんて信じたくは無かった。
 ―――パラレルワールド。
 言葉にするととても陳腐で嫌な感じがする。
 いや、そんな世界があってもいいとは思う。
 けれど、崩壊した世界でただひとり。
 かたくなに罪を償い、罰を受けようとしていたもう1人の弟――『向こう側』の達
哉の事を思うとただひたすらに胸が痛んだ。
 『もう俺達の街しか残っていないけど、いい世界にしてみせる』
 満面の笑みを浮かべ『向こう側』へと戻っていった達哉の嘘を克哉は見抜いた。
 
 人の普遍的無意識の創造性を象徴する元型―――フィレモンが提示した世界のリセッ
トとは、TVゲームとかで使用される都合の良いものではなかった。
 
 達哉達が経験した10年前の事件が無かったら‥というひとつの可能性世界を創り
だし、徐々に『向こう側』の人間の意識を『こちら側』へとシンクロさせ、崩壊とい
う選択肢しか残されていない『向こう側』の世界から救い出すというものだった。
 それ故に、もう『向こう側』という世界には人が‥意識あるものは存在しないはず
だった。
 けれど克哉が溺愛する最愛の弟――達哉だけは例外となってしまった。 
 ひとり忘却を拒み『こちら側』とのシンクロに失敗し、世界の綻びを拡大させる存
在となってしまったことを罪と悔やむ達哉は、かたくなに罰を受けようとした。
 荒れ果てた荒野にただひとり‥『向こう側』で最期の時を迎える。
(そんな罰など、僕は絶対に認めない)
 皆には言っていないが、実は克哉には『向こう側』の記憶があった。
 いや、それは本当に記憶と呼べるものなのはは分からない。
 崩壊した街の中で必死に弟の姿を探すという夢を何度か見ていた。
 単なる己の不安――、弟を失いたく無いという絶対的な不安が具現化したものかも
しれない。
 だが、『向こう側』という世界の存在を知ってしまった今となっては、それが単な
る夢だとは思えなかった。
(世界が別だとかそんなことはどうだっていいんだ。目の前で大切な弟が苦しんでい
るという事が重要なんだ)
 
 ポジティブに見せかけた綺麗な嘘。
 それを見抜いた克哉は、自分はこんなにも破天荒だったのかと苦笑する程、むちゃ
くちゃな行動でもなんでもとにかく『あちら側』の達哉の為に活動した。
 共に戦った仲間を集め、知恵を絞り、時にはフィレモンを脅す等‥ありえない行動
のオンパレードだった。
 だがとにかく行動を起こした。
 『こちら側』の達哉と無理にシンクロさせるのではなく、同時に存在できるように。
 
 達哉という存在は、色々な意味で目立っておりそれなりに有名だった。
 『噂の具現化』という恐ろしくも都合の良い事象を最大限に利用。
 
 結果、『こちら側』の世界に二人の達哉が存在することが可能となった。
 
「‥‥‥ふぅ」
 
 湯舟から立ち上がる。
 
(少しクラクラするな‥‥)
 
 さすがに長風呂してしまったかなと苦笑する。
 ようやくお風呂場という個室でひとりになる事ができた克哉は、あれこれと考えて
いるうちに長湯をしてしまっていた。
 軽くのぼせた頭を冷やすように、少しぬるめのシャワーを浴びた。

 

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