風呂場から自室へと戻った克哉はベッドに倒れ込んだ。
 幾分物が増えた克哉の部屋。
 周防家には、新たに迎え入れた家族――。『向こう側』の達哉を受け入れる為の部
屋が足りなかった為、克哉の部屋でとりあえずは生活できるようにしたのだった。
 
「そんな格好してると襲うよ」
 床に転がっていた達哉は、無表情に事も無げにものすごい台詞を吐く。
 ただパジャマを羽織っているだけという格好の克哉は、
「馬鹿もの‥‥」
 と、不謹慎極まる台詞を軽く流す。
 
 達哉は起き上がると、ガサガサとコンビニの袋から何かを取り出す。
「ほら‥‥」
 手にはスポーツドリンクとイチゴヨーグルトが握られていた。
「あ‥、まさかわざわざ買ってきてくれたのか?」
「まぁ‥ね。兄貴は全然物を食べて無いから」
 弟ふたりに一生懸命餌付けする克哉本人はあまり食べていない。
「いや、なんだか作っているだけでお腹がいっぱいに‥」
 苦笑する克哉を達哉は見下ろす。 
「そんなんだから身体が細いんだよ」
「‥‥‥‥失敬な。これでもちゃんと筋肉はついているぞ」
「これでも‥‥ね」
 達哉は手にしたジュースを、むき出しの克哉の素肌へくっつけた。
「ひッ!?‥‥うわッ‥‥こっの‥‥‥‥」
 突然の不意打ちに、真っ赤になりパジャマの前を抱き寄せる。
「なんとなくやってみただけ」
「‥‥‥‥なんとなくって‥‥」
「ほんと、克哉って可愛いよな」
 呆れるくらい冷静にとんでもない事を言う。
「‥‥‥‥可愛いって‥‥。兄をからかうんじゃない。そして呼び捨て禁止だ」
 
「本当に可愛い。こんな無防備な所なんて特に‥」
「達‥‥ッ」
 克哉の頬に手が触れた瞬間。
 
「おいッ、野郎同士でイチャつくのはやめろ」
 
「イチャ‥‥‥‥‥‥」
 『こちら側』の達哉の発言がショックすぎて、思わず頭を抱え込んでしまった周防
克哉25歳。
「なんでコイツが兄さんの部屋にいるんだよ」
「ん?そう言われても‥な。俺もこの部屋で生活するんだから」
「はーーーーーーぁああ???」
「克哉がいいって言った」
「リビング使えばいいだろッ!」
「寝るだけならできるけど荷物が置けない」
「だったら、父さんか母さんの部屋でも片方空けてもらえばいいだろ!」
「生憎としばらく親戚のところへ行っていていない。勝手には出来ない」
 最もらしい、物理的な事を説明しつつもここから出ていきそうに無い。
 そんな雰囲気を感じ取った『こちら側』の達哉は食って掛かる。
 
(えーーと‥‥‥。二人とも‥‥‥‥)
 
 延々と続く騒動が頭に響き、痛くて仕方が無い。
(うるさい‥‥)
「二人ともいいかげんに‥‥‥‥」
 怒鳴った瞬間、過労と心労で弱っていた克哉の意識はいともあっさり堕ちてしまっ
た。
 
「‥‥‥克哉ッ!!!」
 
 初めてふたりの声が揃う。 
 
 倒れた克哉を介抱する二人の達哉。
 
 
「‥‥ッたく、人には全部背負い込むな‥無茶するなって言う癖に‥‥」
「自分はこの様なんだからな」
 言葉を続けるもうひとりの自分へと不審な眼差しを向ける。
「なんでそんな、分かった風な口がきける?」
「丁度お前が意識を失っている間一緒にいたから。ほんの短い間でも痛い程分かった
よ」
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 重苦しい程の長い沈黙を破ったのは『こちら側』の達哉だった。
「もう守られてばかりの子供じゃ無い。そろそろ頼ってくれたっていいのにッ‥‥」
 
 何も教えてくれない家族への憎悪、鬱憤。そのはけ口を他者を使って晴らしていた
『こちら側』の達哉。
 
「俺‥‥は、すべてを諦めた。だけど‥、そんな俺を迎えに来てくれたんだ。差し伸
べてくれた手はどうしようもなく温かくて‥‥もう放す事なんて出来ない‥‥」
 
 悲愴なまでの告白。
 
 大切な人を二度と失いたく無いと、失う悲しみを味あわぬように心を閉ざした『向
こう側』の達哉。
 罪を背負い、罰を受けようとしていた達哉。
 
『馬鹿者!!これ以上ひとりで苦しむんじゃ無い』
 
 それを惜しまぬ愛情で包んでくれる克哉。
 
 
 ふと、部屋を出てゆく『こちら側』にいる達哉。
 
「お‥‥い‥‥。何処へ‥‥」
 
 何も言わずに去っていったもうひとりの達哉は、しばらくすると戻ってきた。 
 
 
「よっと‥‥‥」
「?」
 大きな荷物‥。布団を抱えて戻ってきた。
「何‥‥を‥‥‥‥」
 ごそごそと布団を床に敷きはじめ、枕を3つセッティングした。
 
「とりあえず半分づつ‥‥な」
 拗ねるような表情。
 そう言い放つと克哉の身体を、ガラス細工でも扱うかのように優しく抱き寄せ真ん
中へ寝かせる。
 すると自分もさっさと横になってしまう。
 
「おやすみ」
 
 
 問題は山積みだけれど‥
 今はとにかく眠ろう。
 
 まだ始まったばかりなのだから‥‥‥‥。 
 
 
「‥‥‥‥おやすみ」

 

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