- [他の奴に取られるくらいならお前に]
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- 「ノロケ自慢でもしにきたのか?」
- パオフゥこと嵯峨薫は、入り口に佇む突然押し掛けてきた大きな迷い猫に呆れて言葉をかけた。
- うっすら赤色を纏う美しい毛色。
- 邪険に扱われ、不満そうにそっぽを向く仕種も優美だった。
- 「なんでそうなる……」
- 「ぁあ?だってそうだろう。どうせ、手の掛かる弟ふたりが大変だとかそんなんだろーが。ッたく、とっとと家に帰れ」
- シッシッと手で払われるが、猫も負けてはいない。
- 「あーあ、貰い物だけど、僕よりも喜んで飲んでくれる人へと思って持ってきたんだけどなぁ……ラフロイグの10年物」
- 唯一の手荷物。
- 綺麗に包装された箱にチラリと目配せする。
- アイラ島で作られるモルトの中で一番個性が強いブランデー。
- 飲めば飲むほど甘味を感じる上物だが、ヨード香とよばれる海草の香りが強く、その独特な香りゆえに克哉は苦手だった。
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- 「そう玄関先で突っ立ってんのもなんだ、上がれや」
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- 琥珀色の誘惑に、快く態度を豹変させる嵯峨。
- 自分の思惑通りになった事で機嫌を直した周防克哉は、軽やかに中へと入る。
- 一歩足を踏みこむと、来る度に変化する空間に思わず頬が緩む。
- 当初は無駄なものを一切廃した殺風景なだけの部屋だったが、少しずつ潤いが生まれつつある空間。徐々に増えていく、シンプルだが趣味の良い置物に家具が、安らぎの雰囲気をかもしだす。
- 「羨ましいな。お前の方は上手くいっているみたいじゃないか」
- ふと、聞こえないように呟く。
- 「ん?何かいったか」
- 思わず笑いたくなってしまうのを堪えるため、そっと目を伏せて答えた。
- 「いや、何も」
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- 綺麗に整頓されたリビング。
- 「適当にくつろいでくれ。んで、結局今日は何で来たんだ」
- 「う……、あんまりにも達哉たちが喧嘩するのが見ていられなくて……」
- 「ッかーー、相変わらず甘ちゃんだな。喧嘩ぐれぇで、何だ。あいつらの喧嘩なんて子犬のじゃれあいみてぇなもんだろうが」
- 「違うッ、あれは『じゃれあい』なんていう可愛いレベルじゃない!!あんな殺伐とした争いを見るのは辛いんだぞ」
- まだ酒を飲んだ訳でも無いのに、うっすらと涙を浮かべ力説する克哉。
- 「はーん、殺伐…ねぇ」
- そんな表情すっからあいつらがつけ上がると思ったが、口にはしない。
- 「もう少し仲良くしてくれないだろうか…」
- 十分仲が良いと知っている嵯峨。
- 愛しい弟たちの事となると途端、にぶくなる克哉の思考に呆れる。
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- ピンポーン
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- 「ほら、迎えがきたぜ」
- 「インターホン?うららくんじゃないのかい」
- 「阿呆。あいつはそんなしおらしいことしねぇよ」
- 「早くしろって」
- 「え…ええ?」
- 克哉を急かして玄関へと急ぐ。
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- 玄関に佇む同じ顔をしたふたり。
- 「迎えに来た」
- 冷静さを装おう方が、言葉短かに用件だけをいう。
- もうひとりはといえば、今にも相手を殴り飛ばそうとする表情そのもの。
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- 険悪な雰囲気を吹き飛ばす明るい声。
- 「あっらー、いらっしゃい。今日はもうひとりの達哉くんもいるのね」
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- 内心、ほっと胸を撫で下ろす嵯峨。
- 「や、うららくん。お邪魔してたよ」
- するりと過去形の言葉が口をついてでる。
- 弟の雰囲気が和らいでいる間に大人しく帰ることを決める。
- そして、うららも引き止めず快く送る。
- 「はーい、また今度みんなでね」
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- 弟たちに連行される克哉の姿を見送るふたり。
- 「ッはぁー、いいタイミングで来てくれて助かったぜ」
- 「ふふふ、イイ女でしょ」
- 「おうおう、イイ女ですとも。お前にも見せたかったぜ、こちら側の事情を知らない達哉の顔。嫉妬で怒り狂う狂犬そのものをな」
- 「恐ッ、嫌よぉそんなの。でもさ、向こう側の達哉くんだって、表情には出さないだけで嫉妬してたんじゃない?」
- 「そりゃな。ッたくよぉ、弟たちの物騒な喧嘩を見てられないってノロケやがって……。奴は心配するが、ただの子犬のじゃれあいだってのにな」
- 「ふぅん。ホント、どうして気付かないのかしら。こちら側の達哉くんだって強いんだろうけど、本気で喧嘩すれば間違い無くあちら側の達哉くんの圧勝よね」
- 「な、ペルソナ無くたって俺たちよか強いんだからな。向こう側の達哉はよ。あいつらは、他の奴に取られるくらいならお前に…なーんて、譲り合えるほど器用じゃ無い。その憂さ晴らしにじゃれあってるだけだぜ」
- 「クス。ホント、ニブい人ねぇ〜。克哉さんらしいっていえばらしいけど」
- ひとしきり笑いあうふたり。
- 「さ、そろそろ入ろうぜ。周防の奴が上物を持ってきてくれたんだ」
- 「え、何々〜お酒ッ」
- 「ラフロイグの10年物だぜ。早く旨いつまみ作ってくれ」
- 「OK」
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- 個性の強いブランデーを、純粋な酒飲みである彼らは喜んだ。
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- 2006.10.04
- 慌て過ぎたせいでオチがムリヤリっぽ
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