[備えなき少年たちの誤算]
 
 
 
 ブォオオンッ
 
 
 明かりといえば異常な輝きを放つ月の光のみ。無機質な棺桶が立ち並ぶ街中を、二人乗りをした1台のバイクが闇を切り裂き疾走する。
「先輩すみません。俺のわがままに付き合ってもらっちゃって」
「何、気分転換に丁度良いさ。影時間なら、このバイクも思いっきり走らせることが出来る」
 
 本日発売したばかりの音楽CDがどうしても欲しかった伊織。彼はタルタロス討伐で疲れていたにも関わらず、ひとりで外出しようとしていたところ、真田のバイクに乗せて貰えたのだった。
「へへー、早いし楽だしサイコー」
「こらこら、しっかり掴まっていないと危ないぞ」
「はーい」
 人影の全く無い街の大通りを、まるでレースでもしているかのように飛ばす。
「いっや〜、これならうっかりシャドウと遭遇しても逃げられる〜っと」
「ああ、コイツの速さがあれば余裕で振り切れるからな」
 彼らにしては珍しく消極的な発言だったが、それも仕方のないことだった。前日からの疲労と強敵との遭遇のおかげでSP―――ペルソナを行使するのに必要なスピリットポイントを使い切ってしまった所為だった。
「まったく、影時間が終わるまで待てば良かったものを」
「だぁあって、今日は終わるまで40分もあったんスよ。ぼーっと待ってたら寝ちゃいそうだったんスからぁ〜」
 楽しそうに苦笑する真田。伊織の子供のように拗ねた物の言い方を可愛らしく思い、つい構ってしまう。
「では、明日にすれば良かったろう」
「嫌だ〜。今日欲しい〜〜〜」
 一層強くしがみついてくるところがまた可愛い。
「ははッ、まったく子供だなぁ」
「子供で結構です〜ッと………先輩ストップ!!」
 
 キィイイイイイイッ
 
 今まで談笑していた伊織の突然の制止に急ブレーキをかける。
「どうしたッ?」
 ヘルメットを脱ぎ、耳を済ませる伊織。
「今…悲鳴が聞こえたような……」
「なッ…まさか適応者か!」
 普通に生活する人間にとっては、存在しない時間とされる影時間。
 毎夜、午前零時を境に人が開発した電力はすべて止まり、闇夜を照らすのは異常な輝きを放つ月のみ。そして、命有る人間はすべて棺へと変貌する。
 だが稀に、彼らのように影時間に適応できる人間が存在する。
 しかしペルソナという手段に覚醒できない大半の人間は、徘徊するシャドウの餌となり、世間では無気力症と呼ばれる自我を持たない生きた人形と成り果てる。
 耳を澄ますと幽かな悲鳴。
「マズイッスね……」
「ああ、だが…」
「見捨てる訳にはいきませんもんね」
「そういうことだな」
 ニィッと不敵な笑みを浮かべ、悲鳴の方へとバイクを走らせた。
 
 
「あ、あそこにッ!!」
 大通りから多少それた場所に、悲鳴の主が居た。
 その顔は涙と鼻水とでくしゃくしゃになりながら、必死でシャドウから逃げまわる青年。けれど遂に、己のもつれた足によって地面へと激突してしまう。
「ヤベッ、武器持ってくればよかった」
 獲物へと襲い掛かろうとするシャドウ。それは残酷なマーヤとよばれる軟体系のシャドウ。グネグネとした触手の様な腕で襲てくるシャドウで、真田が苦手とする相手だった。普段の彼ら、せめてペルソナが使える状態であれば難無く倒せる相手だったが、今は余りにも分が悪かった。
「仕方ない……順平、降りろッ!!」
 スピードを緩め、伊織を降ろすとエンジンの回転数を上げる。
「先輩ッ、何を!?」
 不穏な気配を察した伊織が心配する。
「こうするのさ」
 
 グォン
 
 火花を散らし加速するバイク。
 一直線にシャドウへと疾走すると、前輪をかかげ思いきりバイクをぶち当てる。
 キィイイイイイイイイイイイイッ
 
 奇声を発し、もんどりうつシャドウ。
「打撃が効き辛くても、さすがにこれは堪えるだろう」
 インパクトの瞬間、バイクから離れた真田は地面へと落ちるが身体を転がし衝撃を緩和する。
「先輩ッ!!」
 駆け寄る伊織。
「もう、無茶しないでくださいよ!」
「ははッ……。そうだ、被害者は?」
「そこで気絶してるッス」
 真田は体を起こすと臨戦体勢へ。
「順平。お前はそいつを物陰へ。俺が時間を稼ぐ間、なるべく遠くへ。影時間をやり過ごすぞ」
「そんなッ、俺も…」
「俺もお前もペルソナは使えそうに無い。オマケにお前は丸腰だ」
「でもッ」
 自分の軽率な行動から、最悪の事態に遭遇してしまった事を心の底から悔やむ伊織は、今にも泣き出しそうなほど情けない表情をしていた。
「そんな顔するな。影時間が終わるまであと10分、なんとかするさ。お前は早く行け、ヤツが動き始めるぞ」
「…………ッ、スンマセン。無茶…しないでくださいね」
「ああ、大丈夫だ」
 仕方なく被害者を背負い、その場を離れる伊織。
 
「さて、アイツに笑顔で迎えて貰えるように、時間稼ぎくらいしないとな…」
 そう呟くと護身用のナックルを装着した。
 
 
「………ッチクショウ!!」
 内心のいら立ちを吐き出すかのように悪態をつく伊織。
「俺がこんな時間に出かけようとしなければ……」
 暗い路地を歩きながら、後悔しか頭には浮かばなかった。
「先輩…………」
 時計を見るがまだ2分しか経っていない。
 人生で最も長い10分。
 
 
「……ッ」
 次々と襲いくる残酷なマーヤの腕を、真田は軽いフットワークでかわす。
 万全ではない今の彼には、普段のようなキレがなく明らかに苦戦していた。
 それでも拳を繰り出し反撃するが…
 
 ぐにゃり
 
 いまいち手ごたえが無かった。
「クソッ、軟体系は苦手だ」
 
 残りあと7分。
 
 
「まだ…あと6分もある………」
 被害者の事を思えばなるべく離れなければいけないが、真田の事を思うとなかなか離れることが出来なかった。
「チクショウ……、俺にも何か……」
 来る途中、何か武器になるようなものが無かったか必死で思い出す。
「ああもう、こういう時に限って何もねぇ」
 武器になりそうな物が思い当たらない。
 気ばかり焦り、その割には進まない時間にイライラする。
「何か……何か…………」
 ふと、大通りのトラックに積んであったボンベの事を思い出す。
 それに書いてあった文字は昔、理科の実験で使ったもので……。
「あれなら…いけるか……」
 
 大急ぎで山積みにされた荷物の影へ被害者を隠すと、
「ゴメンな。多分大丈夫だから」
 来た道を引き返す。
 
 
 あと5分。
 
 
「はぁッ……はぁッ……」
 苦戦を強いられる真田は、すでに息が上がってきていた。
「はぁッ……、なさけ…ない。まだまだ、鍛え方が足りないらしい」
 それでもなんとかシャドウからの決定打をかわし続ける。
「さすがにキツいか」
 そう思いはじめた時。
 
「先輩!離れて!!!」
 
 反射的にその場から飛び退く。
 投げ込まれる10Pのボンベ。
 残酷なマーヤの剣がボンベに突き刺さり、途端に溢れ出す真っ白な液体。
 真っ白な煙があがり、みるみるうちにシャドウが固まっていく。
「おっしゃ、上手くいった」
 パキパキと霜を降らせ、凍りつくシャドウ。
「順平………。そうか、液化窒素か」
 残った組織が何とか動こうとするが、その度に、凍り付いた部位が剥がれ落ちていく。
「ゲッ、まだ動けるのかよ……」
 喜んだのも束の間かと思われたが、
「よくやった順平!」
 体重を乗せた必殺の一撃がシャドウへ放たれる。
 凍り付き脆くなったカラダが、小気味の良い音を立てて粉砕される。
 
 
「ッはぁ………、さすがに疲れたな」
 
 シャドウが完全に消滅した事を確認してから、地面へと座り込む。
 駆け寄り、まるで小さな子供のように抱き着く伊織。
「本当にスンマセン、危険な目に遭わせ……痛ッ!?」
 ポカリと、軽く伊織の頭を叩く。
「そんな顔をするなと言ったろう。それに、俺たちがここにいたおかげで、シャドウの犠牲者がひとり減ったんだ。もっと喜べ」
「んな…こと言ったって……マジ、心配したんスから」
「はは、泣くなって」
「泣いてなんて…」
 
 街灯が明かりを取り戻しはじめる。
「ようやく、影時間が終わったな」
「本当……、長かったッス……」
 凍り付いた時から解放される街。
「しっかし…」
 立ち上がり、笑いを堪えながら伊織へ質問する。
「液体窒素なんて、よく思いついたな」
「え…あ、ああ。アレッすか。中学の時、ダチと悪ノリしてくれる面白い先生とで散々遊んだもんで、よく覚えてたんです。あーいう、ウネウネしたやつでもカチンコチンに凍らせちまえば、先輩の打撃で何とかなるかなーって」
 無邪気な笑顔から、ふと真顔へと変化する表情にドキリとさせられる。
「オレ…、武器使うからなんとか戦えるんスけど、素手だとてんでシロウトでまるっきり役にたたないッスから…。ホント、今日は役に立てて良かった」
 帽子を目深にかぶり直し、表情を隠す伊織。
「順…平…………」
 まったく可愛すぎると、思わず頬が弛んでしまいそうになるのを真田は必死に堪える。
 そして、
「んんッ!?」
 唇への突然の不意打ちに驚く伊織。
 そっと掠めるだけの口付け。
 
「さ、これで帳消し(チャラ)だ」
 
 この上なく晴々とした表情で真田は歩き出した。
 
 
 
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2006.10.01
友人とマーヤとか軟体系に真田先輩の打撃は効かなさそーという会話から発生。
ポイントはバイク2人乗りと液体窒素。
それだけで3000文字も書けたことに驚いたが、更に液体窒素だけでネタが
2本も出来てびっくり。(達克ネタですが)
真田先輩の描写がいかんせん足りなかったのですが、順平への想いが伝わると
いいなーなんて思います。とにかく順平は愛されているのです。
そして、ウチの真田先輩はライダーです。バイクだって乗れちゃいます。(妄想)
影時間では容赦なく風になります。だって人身事故の危険は無いから(うぉい)

 

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