- [side--I
覚醒せし金色なる使者]
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- グォンッ
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- 闇の中を駆け抜ける1台のバイク。
- 400馬力のレーシングマシーンが咆哮し、棺だらけの街中を器用に走り抜けていく。テクニックとパワーが要求される違法改造の怪物マシンを、猫科を思わせる細くしなやかな躯が乗りこなす。
- 『明彦』
- 声の主らしからぬ、戸惑いを孕んだ声音が無線インカムから流れる。
- 「どうした、ミツル?」
- 『いや…、それが……』
- 「お前らしくないな…、何があった?」
- 『あの、巨大なシャドウの気配が消失した』
- 「何ッ!?」
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- キィィイイッ
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- 前輪を高々と持ち上げ、無理矢理にスピードを殺すと、車体にひねりを加え、半回転して停まる。
- 人を襲うことしか知らないような、凶悪なシャドウ。影時間でも『活動する事が許される人間』を目の前にして去るなどということは考えられない。
- 「あのシャドウをか?まさか丘羽が?…いや、あいつは後方支援タイプのペルソナだったはず。とすれば、転入生の仕業か?」
- 『すまない。ただ、消失したという事しか私には分からない…』
- 「十分だ。とにかく、あいつらに危険はなくなったわけだ………ん?」
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- 瞳の端で、疾走する影を捉えた。
- 人並み外れ鍛えられた動体視力で、それが長身の人間だと分かる。
- 『どうした?』
- 「影時間に動ける人間を見つけた。これから保護する」
- 『何?人がッ!!だが、無理はするなよ。お前は先程の戦闘で…』
- 「ああ、肋骨にヒビが入ったかもな。だが、大丈夫だ」
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- グォンッ
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- 肋骨の痛みを噛み殺し、真田はバイクを発信させた。
- 先程の人影を追って大通りまででるが、周りは辛気くさい棺ばかりで動くものが居ない。バイクを停止させ、辺りを見回すがやはり見当たらない。
- 「クソッ、見失ったか。‥‥‥一体、どこへ?」
- ヘルメットを脱ぐと、銀色の短髪に研ぎすまされた刃のような、均整のとれた顔が現れた。異様な月明かりの下、獲物を探す肉食獣のように鋭い視線を彷徨わせる。
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- (ココだよ)
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- 何故だろう、自分でもよく分からないが、ふと近くのコンビニエンスストアの一点に視線が集中した。
- ガラス越しに、小さくうずくまる人影を発見する。
- 「居たッ!!」
- バイクを乗り捨て、急いで店へと入る。
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- 「大丈夫かッ!!」
- 膝を抱えうずくまる、帽子をかぶった青年の肩が大きく震える。
- 世程恐い目にあったのだろう、大きく見開かれた瞳からは止めど無く涙が溢れ、整った幼さを残した顔立ちが恐怖に歪んでいる。
- (コイツは…、1年の伊織といったか?)
- 真田は自分の記憶から情報を探し出す。
- 伊織
順平―――。
- 遠くから見ても分かる長身に、明るく元気の良い彼は否応なく目立つ。
- (まさか影時間に出逢えるとはな…)
- 一歩、彼に近づくと、軽く恐慌状態に陥っている伊織は慌ててその場を逃げ出そうとする。真田は、素早く青年の手を掴み、自分の方へと引き寄せ強く抱き締める。
- 「大丈夫だ、俺はお前の味方だ」
- 痛む肋骨のなどかまわずに、暴れる伊織を片手で押さえ、もう片方の手で優しく背中を撫でてやる。
- その作業は、伊織が大人しくなるまで続いた。
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- 「歩けるか?」
- ようやく暴れる事を止めた伊織をそっと立たせると、その場を離れる。
- コンビニのガラス戸に手をかけると、周りに異様な気配が充満しているのが分かる。
- 「フン、集まってきやがったか…」
- 薄く整った唇が、獲物を見つけた肉食獣のように嬉々として歪む。
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- グネグネと蠢く不格好な黒いカタマリが、数体店の周りに集まっていた。
- すっかり慣れてしまった物体。
- だが、先程まで怯えて伊織にとってはどうだろう。心配した真田だったが、当の伊織はといえば下を向いたまま何の反応も見せていなかった。
- 「見ていない…か、その方が今はいい」
- 一瞬、不信に思う真田だったが、下を向いている所為で、きっと目の前シャドウは見えていないのだろうと納得した。
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- 「さて…、始めようか」
- 腰のホルスターから銃を…、内なる自分の力を現世へと具現化する召還器を掴み、自らの額へと銃口を向ける。
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- (君は強い。強すぎるんだ。ごめんね、彼…、□□の為にも、君にはしばらく休んでもらおうと思う)
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- 「グッ!?」
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- 突然、我慢できない程に肋が痛み、召還器が手から滑り落ちる。
- まるで、目に見えない何者かに触られたかのような直接的な痛み。
- 「クソ……ッ」
- 真田は足下へと転がる召還器へと手を伸ばすが、痛みの為にその行動は上手くいかなかった。そんな彼に代わり、先程まで沈黙を守っていた伊織が前に一歩、足を踏み出した。
- 「………おいッ!?」
- 腰をかがめ、召還器を拾い上げる。
- 何かに導かれるように、自らのこめかみに銃を当てる。
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- 「ペルソナァッ!!」
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- パァアアアン
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- 躊躇することなく引かれたトリガー。
- 溢れ出す光の本流。
- 輝く光の破片が集まり、ひとつのカタチを形成しはじめる。
- 蒼く輝いていた光は、何時の間にか金色へと変貌する。
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- 鉄の衣に、翼の生えた鍔広帽。
- 現れ出た金色の光を纏う、青年を思わせるフォルム。その両の手には、熟練した職人が丹精込めて造り上げたかのような、美しい黄金の翼があった。
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- 「我が名はヘルメス。全能神の忠実なる使者にして、魂の先導者」
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- 金色に輝く電流が、シャドウの一体に降り注ぎ、動きを禁じた。
- 幽かな残像を残しヘルメスが軽やかに躍り出る。
- 鋼鉄の踵でシャドウを切り裂き、金色の翼を旋回させ鮮やかな残像を生み出しながら殲滅してゆく。
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- 「何………ッ」
- 真田はその光景に魅入るしかなかった。
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- ガランッ………
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- 激しい戦闘により、近くの道路標識が千切れ落ちた。
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- 棒の部分だけ残ったソレを、伊織は両手で掴むと、最後の一体となった、哀れなるシャドウに思いきり降り降ろされた。
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- 「お前らなんてなぁ、全然恐かぁねーんだよ」
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- そう言い放つと、伊織の意識は闇へと導かれた。
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- 「おいッ!しっかりしろッ!!おいッ!!!!」
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