コンクリート製の無機質なビルの隙間から、うごうごと蠢き排出される〃ソレ〃。
 
 
「やだ……、嘘…………」
 
 彼等はそれを見ているしか出来なかった。
 離れた方がいいのは解っていたが、だが、目を離せばその隙に襲われるという恐怖
感が、人としての防衛本能が逃げ出す事を許さなかった。
 
 
 
 
 
    [さぁ、奇妙な月の下…僕達は踊ろう。]
 
 
 
 
 
 邪悪なる闇色の触手。
 幾本もの腕が這い出し、その中の1本が掴んでいた白い仮面を所定の位置へとおさめる。
 
 ぽっかりと空いた、虚ろなる目に物言わぬ口。
 そのシンプルさがかえって、心の奥の恐怖を逆撫でする。
 
「なん…なんだよ、アレはぁあああ!!」
 
 ゲル状のアメーバを連想させる体に、幾本もの腕が生えている姿は醜悪以外の何者
でもなかった。
 
 異形なる怪物は、己が身に何本もの手を差し込み、長い片手剣を引きずり出すと3
人へ向かってくる。
 
「はは。まさか、アレで俺達ヤろうってーの?」
 
 
「嫌ぁああああああッ!!!」
 
 
 ゆかりが絶叫し、短いスカートの下…ホルスターへを手をのばし、銃を自分の額に
構えるが、しかし。
 
「きゃぁあああああッ!?」
 
 異形なるものに吹っ飛ばされ、数メートルも吹っ飛ばされる。
 
 
 カシャン…………
 
 
 ゆかりの銃が来栖の足下へと転がる。
 
 
 異形なるものと対峙する来栖。
 心拍数が上がり、コンマ1秒の世界が無限に感じる。
 
 
 ドクンッ
 
 (何?)
 
 ドクンッ
 
 (君は?)
 
 ドクンッ
 
 
「さぁ、これを手にとって」
 
 見覚えのある優美な少年道化師の姿。
 
 綺麗なブルーアイズが優美に微笑む。
 
 
 熱に浮かされるように、一歩…一歩…来栖は足を踏み出す。
 
「そうそう」
 
 銃を拾い上げ銃を、自分のこめかみに構える。
 相手ではなく自分へ。
 何故かこうした方が自然な気がしたのだった。
 
 少年が耳もとで囁く。
 
「そして、こう言うんだ…………」
 
 
 
 
『ペ…ル…ソ…ナ…』
 
 
 ―――パァアンッ!
 
 来栖は、形の良い唇から言葉を紡ぎ出すとトリガーを引いた。
 
 
 発砲音が響くと同時に、来栖の頭より蒼く輝く光の破片が溢れ出す。
 美しい光の本流は徐々に集結し、ひとつの形を創造する。
 
 人とは違う、どこか無機質で金属のような外装。
 だが、それは竪琴を背負った青年のようだった。
 
 
『我は汝……、汝は我。我は汝の心の海よりいでし幽玄なる戦士…オルフェウス』
 
 
「オル…フェウス…………」
 
 順平は来栖から目が離せなかった。
 そのあまりに現実離れした、幻想的な美しさから。   
 
 だが次の瞬間、順平の表情が硬直する。
 
 来栖はうっすらと笑っていたが、突然、形の良い唇が眉が…苦悶に歪む。
 それに同調するようにオルフェウスも苦しみ、虚空に向かってまるで叫ぶように大
きな口を開けると赤い光が溢れ出す。
 
「ヒッ…!?」
 
 何かが生まれようとしていた。
 白い手が、オルフェウスを内側から突き破り、一度中へと戻った次の瞬間。
 それは勢いよく現世へと生まれた。
 苗床なのか…母体であったのか…。
 とにかくそれはオルフェウスをバラバラにした。
 
 砕けた破片が舞い落ちる。
 涙を流す青年の顔が、順平の目に強烈なまでに焼き付く。
 
 
 8つの棺を背負った死の宣告者。
 
 死神というよりも、死そのものという印象を受ける。
 シャープなラインで形成された金属製の顔以外は、先程のオルフェウスより世程有
機的なフォルムをしていたが、とても人には見えなかった。いや、人などとは言って
はいけない気がした。
 
 無慈悲なる死の宣告者は、高く跳躍し右手に構えた細く長大な剣を異形の化物へと
振り降ろす。
 それは単純な事務作業のようにも、崇高なる儀式のようにも見えた。
 矛盾していることは解っている。
 けれど、順平はそういう印象を受けた。
 
 1本1本…腕を切り落とし、はたまた自らの手で引き千切りながら、死を分け与え
続ける。
 
 びたんッ…
 
 足下に転がる化物の腕。
 黒くウネウネとそした塊が蠢いている。
 
 ザンッ!!
 
 今までとは質の違う音。
 真っ黒な化物に浮かぶ異様なまでに白い仮面。
 化物の核にも見えるそれが、真っ二つに切り裂かれる。
 
 徐々に消えてゆく異形のもの。
 それと同時に、死の宣告者も消え、先程砕け散ったはずのオルフェウスが、まるで
何事もなかったかのように姿を現し消えてゆく。
 
 だが、それだけではまだ終わらなかった。
 
 先程とは明らかに格は下だが、同じような化物が二匹迫ってくる。
 
 
 
「はッはぁッ!!」
 
 来栖が化物に向かっていく。
 唇に笑みをたたえ、ノリの良い英語の歌詞が紡ぎだされる。
 
 先程の強大な異形の化物が落とした片手剣を、軽々と拾い上げ斬り掛かる。
 長い、触手のような腕が来栖に襲い掛かる。
 けれど来栖の進行速度は全く衰えない。
 触手が目の前に来た瞬間、下段より鈍色の刃が閃き幾本もの触手を斬り裂いた。
 
 
 ギィイイイイイイイイイイイイイッ!?
 
 
 思わず耳を覆いたくなる程の化物の絶叫に、もう一匹が怯み行動が鈍る。
 けれど来栖は、怯んだそれには目もくれず、眼前の化物に更に斬りつける。
 鈍色の閃光が走る度、化物から肉体だったものがこぼれ落ち、体積が確実に減って
いく。凶悪な行動とは裏腹に、来栖の動きは羽のように軽くまるでダンスでも踊って
いるかのように優美だった。
 
 がむしゃらに伸ばされる触手を、軽々とサイドステップでかわし、体重を乗せた重
い一撃をくり出す。
 
 ガッ!!
 
 必殺の剣激が化物の仮面を刺し、貫く。
 
 力なく崩れ落ちる化物に足蹴にすると、一気に刃を引き抜いた。
 
 次は、お前だよ。
 
 そう言っているように見えた。
 
 化物に感情があるとは思いたくなかったが、怯えるもう一匹に向かっていった。
 
 一方的な殺戮。
 
 
「う…わぁあああああああああああッ!!!!」
 
 
 順平の精神が限界を叫ぶ。
 先程現れた、死の宣告者よりもっと…今の来栖の方が恐ろしかった。
 
 瞳からは止めどなく涙が溢れ、気絶するゆかりすら置いて順平はその場から走り出
していた。
 
 

 その行動を誰が責める事ができるだろうか。

 
 

 

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