黒の教団の簡素な石造りの廊下で起こったちょっぴり盛大なハプニング。
 
 
きゃぁあああああああッ!
 
 
 悲鳴と共に溢れ出す、色とりどりの小箱たち。
 オレンジ色の造花とピンキッシュのキュートなリボンが愛らしい、贈られた人を幸せな気分にさせる赤い小箱。
 ブラック&ゴールド。黒のシンプルな包装紙に金のリボンのラッピング。シックでゴージャスな組み合わせは紳士淑女の御用達。パステルカラーにクラシックカラー。ありとあらゆる色の見本市。
 Happy Valentine!!
 趣向を凝らしたチョコレートを包む、綺麗で素敵な小箱たち。
 モノクロの床の一角がカラフルな洪水に侵略される。
 大量のハッピーボックスを盛大にぶちまけられた色男がひとり。
 
「ご…、ごごごごめんなさい!ごめんなさい!!」
 
 謝り倒す犯人ミランダ・ロットーと仏頂面の被害者神田ユウ。
 
「ご…、ごめんなさいッ!怪我はないッ?大丈夫?」
「こんな軽いモンで怪我なんてするわけねェだろ!!」
「ごめんなさいッ!ごめんなさい!!」
 謝罪を繰り返し、必死で箱を退けようとするミランダだったが、あまりにも慌てている為になかなか上手くいかなかった。それどころか、何か二次災害的な事が起こりそうな予感すらする。
「チッ…。んな慌ててちゃ片付くものも片づかねェだろーがッ!お前は大人しくしていろ!!」
 
 
「ごッ…ごめんなさい〜」
 零れ落ちそうな涙を浮かべた瞳、華奢で繊細な体のライン。シュンと落ち込む姿は、見る者の保護欲と支配欲をかき立てるには十分過ぎる。その事実を全く理解できていないミランダを、一刻も早く人の目に触れない場所へと移動させたいと神田は願う。
 叱責しながらも、辺りに散らばる小箱をテキパキと回収し、ミランダの部屋へとすみやかに運ぶ。
 
 
 
「…で、この浮かれた箱の山は一体何だってーんだ」
 神田は椅子に座って足を組み、ミランダは床に正座させられる。
「その…、チョコ……」
「まさかテメェこれ全部教団内に配るつもりか…」
「ち…ッ、ちちち違うわよッ。そんな…」
「じゃあなんだ」
「その、た…、食べるの……。自分で…」
「はぁああッ?見え透いた嘘つくんじゃねぇよッ!!」
 神田の脳裏に一瞬、大食漢のモヤシ…ことアレン・ウォーカーの姿が浮かび一気に機嫌が急降下する。
「ひッ!?。う…、嘘なんかじゃ…」
「そんなに隠したい事か?」
 絶対零度の怒気がミランダを襲う。
「ち…違うのッ」
 許しを請うように必死で説明するミランダ。
 
「あのね、バレンタインの時期になると、街は華やかに活気づいて、皆どこか楽しそうでしょ。私はそんな雰囲気が好きなの。私ね、2月14日は毎年自分の部屋の窓から街を眺めてチョコレートでお茶するの」
「だからってこの量はありえねぇだろ」
「…あの、ここってね、私のいた街よりずっとずっと、その、皆楽しそうなの。そんな皆をみていたら、つい浮かれちゃって…」
「買い過ぎだ」
「ごめんなさい」
 内心溜め息をつきつつ、ここ数日の腹立たしいまでの馬鹿騒ぎを思い浮かべて苦笑する。年に一度の兇悪な行事を目の前に、教団の内部は、人気の高いミランダにどんな花を渡そうだの、ミランダからチョコレートが欲しいだの、うざったい事この上ない程浮き足立っていた。
 
「……浮かれ過ぎだ馬鹿共」
 
「え?何か…」
「いや、なんでも無い。それよかコレどーすんだ?」
 団員が切望する魅惑の山。
「ご…ごめんなさい」
「謝るな」
 
(そんな悲しい顔はするな)
 
「ッたく…、そんなに困るなら皆で食えばいいだろうが…」
「みんな…で?」
「あーもう、普段あいつらと茶−飲んでるだろうが!モヤシとか馬鹿兎とか喜んですっとんでくるぜ」
 ミランダの為とはいえ、敵に塩を送るような発言をしてしまった自分に神田は腹が立つ。
「あ…、お茶…会……。喜んで…くれるかしら?」
 不安そうに見上げる表情が愛おしい。
「ああ、喜ぶっつてんだろう」
 パァッと、まるで花でも咲いたかのようにミランダが綺麗に笑う。
「ありがとう神田くん。私、皆を誘ってみるわね」
 見る者を捕らえて放さない。
 美しく咲き誇るミランダの笑顔に魅入っていると、おずおずと声を掛けられる。
「あ、の…。神田くんも来てくれる?」
「甘い物は嫌いだ」
 愛想という単語とはおよそ縁遠い、容赦無い言葉を吐き捨てる。
 せっかく色々と助けてくれた神田を怒らせてしまったかと思うと悲しくなる。
 なんとか機嫌を治して欲しいと心の底から願うあまり、慣れない正座で感覚の無くなっている足の事を忘れて立ち上がる。
「ご…ごめんなさい。あ、その…、中にはあまり甘く無いものも…きゃぁ!?」
「おいッ!!」
 案の定、バランスを崩し転倒する。
 堅く目を閉じ、痛みを覚悟するミランダだったが、痛みはいっこう来ない。
 それどころかふわりと温かさに包まれ、そのあまりの心地よさに一瞬我を忘れる。
 ミランダが床に倒れるよりも、神田が抱きとめる方がずっと早かった。
 
「馬鹿がッ。急に立ち上がるなんて無茶するな」
 なんとか機嫌を直して欲しかった相手にまたも叱責されて自己嫌悪に陥る。
 抱き締められ、恥ずかしいと思うよりも心地よいと思う自分にも嫌気がさす。
「ごめんなさい」
 温かい腕の温もりが、この場所の居心地が、よければよい程に悲しみが増してゆく。
「謝るな」
「ご…ごめ。う、ううん。あの…、ありが…とう」
 これ以上嫌われたく無いと思うミランダは、必死で言葉を絞り出す。
 上目遣いに神田の表情を伺う。
「あの、やっぱり神田くんは来てくれない…の?」
 遠慮がちに言葉を紡ぐ唇は、いっそこのまま口付けたくなるほど愛らしい。
 
「もう少し、警戒心ってものを持てよ」
 腕の中の愛しい存在への純粋な願い。
 この表情は決して自分以外には見せたく無い。いや、見せないで欲しい。
 きっと奪われてしまう。奪わずにはいられないのだから。
「え?」
 怒っている雰囲気は無いが、先程までとは違った様子に戸惑う。
「あ…の、神田くん?」
 神田はチョコレートの山に手を伸ばすとその中のひとつ。
 小さな小さな、アイボリーブラックの小箱を開封する。
 出て来たのはバラの花をモチーフにしたチョコレート。
 そっと中から取り出すと、ポカンと無警戒に開かれたミランダの口へと優しく運ぶ。
「ん……」
 甘いチョコレートに導かれるように、自然な振る舞いで神田はくちづける。
 啄むように、逃さぬように、何度も何度も唇を味わう。 
 花びらのように可憐な唇を貪ると、それだけでは飽き足らず、小さな隙間から舌を忍ばせる。
「ああッ……」
 不馴れな刺激に思わず飛び出した甘い声。
 堪らず許しを請うように離れようとするが、その行為は抵抗にすらならない。
 
 ゆっくり
 ゆっくり
 
 ミランダの舌を絡め取る。
 貪るように、奪い尽くすように。
 
 ゆっくり
 ゆっくり
 
 チョコレートとろかせて。
 少しづつ飲み込んでいく。
 
 ゆっくり
 ゆっくり 
 
 すべてとろけて、
 そのかたちがなくなってしまうまで。
 
 ゆっくり
 ゆっくり
 ゆっくりと。
 
 
 
 [チョコレートよりも甘く濃厚なキスをしよう]

 

 

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2007.0.16
うぉおおおおお!!ほんとにほんとにほんっとーに!書きづれぇええええ!!
前半は、雰囲気(字ヅラ)だけでも可愛いくなるように苦労し、
後半はさっさと書き上げたくてものすっごく描写を飛ばしてしまったり…。
もっと短い話になるハズだったんだけどなぁ。
でもここまできちゃったので加筆しました。
 
甘い雰囲気は出せていましたか?
 
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